はじましてkyokoと言います
石川・京都・東京を経て
今、札幌に住んでいます
ずっと探してたテーマがあります
違いを超えて、お互いの気持ちを循環する関係性ってどうしたらいいの?
両親共働きで、気が付いたときには1日の大半を保育園で過ごしていました
お母さんと一緒に居れないなら、保育園で友達と思い切り楽しく過ごそう
そんな気持ちで遊んでる日常
その頃の私は、自分と友達を別と思う境界線は全くなくて、
みんなと一体感を感じながら遊んでいました。
みんな同じ
それが当たり前で疑いもしない感覚
そんなある日、事件が起きました
今日も楽しく遊んだなーと何か大きな達成感(笑)さえ感じていた時に、
急に先生が私に何か怒っている
?一体何が起きたの?
動揺して頭が真っ白になりながら、話を頑張って聞いてみると
楽しく遊んで共に今日も偉業を成したぐらい思っていた友達が、
実は無理やりやらされたと先生に訴えていた
先生に怒られてる怖さも感じていたけれど、
それ以上に、
友達の気持ちに気づけなかったことにすごくショックで、
自分が思い切り楽しむことで誰かを傷つけてしまうと思うと、とても怖くなった
違いと出会った瞬間
私とあなたは違うんだ!
どうしたらいいの?不安や悲しみがいっぱいになりながら生まれたquestion。
違いを超えて、お互いの気持ちが循環する関係性ってどうすればいいの?
探し物はどこにあるんだろう
大人になったらわかるのかな?
これを解決する仕事に就きたいとも、いつからか思うように
思いつくことは実験したり、探しまくりました
自分の気持ちを抑えて、相手の気持ちを察しようとしてみたり
そして、いっぱいになった気持ちを泣きながら話してみたり、
人間関係はシーソーのよう
相手の気持ちを優先させると、私の気持ちをおさえてしまう
私の気持ちを遠慮せずに言うことは、相手を我慢させてしまうことも
大きなジレンマ
そして、思いついた
そうだ、大学で心理学を学ぼう!
本当に知りたいことが勉強できる 号泣
けれど、
心理学実験を通して確率から傾向や分析はできるけれど、
大好きなと友達のありのままとは出会えない。
自分の思い込みを見てるんだ。
違いを融合できる教育を仕事にしたい!と思ってきたれど、
この世界に仕事がないんだ。ショック
何か探したい一心で
その時に知っていること、
考えられる限りの色んな経験と学びをなんでもやってみました
いろんな世界に触れられて視野は広がった
けれど分からいないままだった
だけどどうしてもあきらめられない
お互いの気持ちや意見が循環する関係のある生き方・働き方
葛藤してるときに認識技術と出会いました
なんで人と人が分かり合えないのかをを理解できたときにびっくりしました
過去に経験した世界から出て、相手と出会えない脳の仕組みがあることに
だからこの世界から争いも終わらないままなのか!
違いを超えていける世界はあるの??
そんなこと本当に可能なの?
知れるかもしれないワクワク感と、
ここまで探してなかったのだからこれが最後だなと腹をくくる思いでセミナーを受講
違いがない世界から違いが生まれるメカニズムが見えた
そう、違いから始まったら、違いは傷つけ合ってしまうもの
出発が違っていたんだ
わたしはどこからきたの?
世界はどこからきたの?
存在の殻を脱いだときに認識できるリアルな世界と自分
それは全ての存在を成り立たせている究極の共通点
違いがない世界
違いがない世界を尊厳と呼ぶ
さらに違いがない共通土台があるから、安心して違いという奇跡を楽しみクリエイティブに変えていける
力が抜けた
これまで存在に閉ざされた自分だけでなんとかしようと相手の話を聞きながら無意識でたくさん考えてた
存在の殻を脱いだ時
頭が静かになって、
違いがないところから自分の声も相手の声もよく聞こえるようになった
コニュニケーションはInput(0)とoutput(∞)の循環
自分の意見だからと遠慮する心が消えて、
大事なときにざっくばらんに自分の気持ちを堂々と相手に伝えられるようになった
相手ことはわからないから、
たくさん質問や確認しながらチームプレーするようになった
違いが宝に
今ここ出て会う=出会い
現在は企業研修や個人セッション、読書会など開催しながら循環する関係モデルを育んでいます
違いを超えた協力関係を作りたいけれど、できない原因がわからない
けれど諦めたくないし、
世界も自分もこんなもんじゃないはずだと
違和感や葛藤感じている方
その葛藤は、
AI時代に必要な新しい人間のあり方.関係再構築のメッセージだと私は捉えています
自分との関係
相手との関係
チームの関係のリセッティングして、再構築
出て会う
共通土台0状態から共通土台が無限大になっていく希望と確信の中で歩む
クリエイティブと循環する関係づくりの感動をあなたと共に
kyoko