未熟だからこそ、終わりのない変化を楽しめる

未熟だからこそ、終わりのない変化を楽しめる

今回、ある研修の一部のご依頼を頂いて、急遽内容を練ることになりました。

しかし、2日間を帯広への旅行を計画していたので、
旅行→打ち合わせ→旅行→打ち合わせ ✖️2日コースになりました。

30歳が全道から合計70名ほど集まる研修で、
コミュニケーションの時間がどんどん減りつつある環境の中で
今の彼らの貴重な時間と、どう出会うのか?

話し合いの末に、
プレゼンすることと、
コミュニケーションをたくさんできるワークショップの2部構成で行うことに決まりました。

その具体的な内容を練る帯広の旅となったのです。

今、私はミッションリンクという名のチームを組んで、
活動しています。
チームを組んでいるメンバーへの依頼だったことと、
依頼頂いた方が私のお知り合いだったこともあり、
チームで考えることになりました。

もともと、
緻密な表現でプレゼンをすることを得意としているチームメンバーと、
場の気づきを作り出すワークショップが得意な私という違う個性を持っている2人。

ワークショップの話会いになった時に、
今まで循環していた話し合いが固まっていきました。

どうしたの?と聞いてみると、
「今まで考えてきていない領域に入ったことで、
イメージすることが難しく、
自分一人で完璧にできないといけない」
と思っている無意識が少しづつ見えてきました。

確かに、
私も以前はそんなことを思っていたけれど、
今は彼のようにプレゼンをできるようにならないと、とは思わないのです。

チームで一つなので、
どちらかができれば補えるので全体として問題がない、
だから私が持っているものは全部渡す、
そんな観方を当たり前にしていることに改めて気づかされました。

以前は、
不完全な自分が不安で、自信が持てなくて、
完全がなんなのかもわからないまま、
漠然と完全になろうとしていました。

そう、完全がなんなのかもわからないまま、
完全を目指していたんです。

認識技術を使って、
この世界の成り立ち全体を、
自分の考えを使ってイメージできた時に、

不完全を作ることさえできる完全な存在が人間なのだと認識することができた時に力が抜けました。

この世界は、未熟しかないのです。
未熟だから、
チームが組めるし、
変化があるし、
終わりのない成長を楽しめるのです。

できないことで小さくなる働き方
できないことを責め合う働き方から、

未熟をわかって、
未熟に執着することなく、
今ここ今ここ終わりなき変化を楽しむ
そんな関係性
そんな働き方でありたいと改めて思うことができた貴重な時間になりました。

まだまだ、こんな働くのイメージがスタンダード化していないからこそ、
これを共有させていただくことが私の役割だなと最近は確信を深めています。

お読みいただきありがとうございました。

 

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